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自動車保険のこと、公開します

強いポンドは対外資産の価値やそれによる利子配当の価値を維持する点ではプラスであった。
しかしケインズはそうしたプラス面よりも、ポンド安による景気浮揚効果、とくに輸出産業の底上げを重視したのである。
今日の日本の場合はいっそう条件が悪い。
円建てによる対外投資チャネルがいまだに確立されずにいるため、「強い円」は、生産コストの増大により、フローとしての生産活動に打撃を与えるばかりでなく、ストックを通しても、対外純資産の為替差損という形で景気の停滞、デフレ効果をもたらす構造になっている。
円高下における大規模な財政出動による景気刺激策は、いわゆる「ケインズ政策」が、ワン・パターン化した景気対策として定着し、おそらくはケインズ自身も想定しなかったような状況で続けられたものと見ることができる。
平成不況に対する緊急対策が相継いだ時期を通して、日本の世論の主流を占めていたのは「少なすぎ、また遅すぎる」というアメリカ側の声に呼応するような主張であった。
クリントン政権は、登場後、95年夏にいたるまで円高を進行させたが、一方で、そのために当然予想される日本の景気落込みには「懸念」を表明し、日本は日本で「万全の景気対策」についてサミットなどの場で説明し「理解」を求めてきた。
対米公約に沿って景気対策を執行すれば、財政の破綻が迫ってくる。
財政の破綻が迫れば、ムーディーズその他の米系格付機関による日本国債の格下げが気になってくる。た、プッシュ政権末期の日米構造協議は、日本に長期の公共投資拡大を約束させたが、これが公共工事に関連する政・官・業の利益集団のパワーを強化させることになった。
こうした利益集団は円高による打撃からはもっとも遠く、逆に、円高の機を捉えて自らの利益とする政策、公共投資を誘導することには長けている。
円の過大評価は、次章で見るように、日本経済の明日がかかるハイテク関連産業の海外展開を過度に進め、これら産業部門の空洞化を招く一方、日本の「土建国家化」を促す。
これは産業構造の退行現象といえるだろう。
ケインズが説くような、通貨の過大評価を是正する方途が、はたして日本にはなかったのだろうか。
私たちは、アメリカの政策当局者のわずかな口先介入が、しばしば潜在的条件からは説明できないほど大きな為替の変動を招き、逆に日銀の積極的な介入が焼け石に水といった状況をくり返し見せつけられている。
これらの経験に照らしても、日本が景気対策の王道として、円相場の適正水準を自ら保持することは困難であるように思われる。
しかし'じつは有効な円高是正策がないわけではなかった。
本章では、90年から95年にかけて、日米経済の再逆転の過程を追うなかで、アメリカが一貫して追求してきた円高・ドル安政策のインパクトを分析した。
ここでも結論は次のように要約される。
日本政府が、早い時期に円建て投資環境の整備を押し進めていればどうであったか。
円建ての対米資産が多ければ、いたずらに自国通貨ドル・ベースでの債務を膨らませる円高政策を、アメリカといえども、むやみに押し進めることはできなかったのである。
だが、日本の政策当局者は、すでに、70年代から80年代前半にかけての、かけがえのない好機を逸してしまった。
95年以降、アメリカ経済の「一人勝ち」が喧伝されるなかで、日本経済には、マネー敗戦の荒涼とした戦後の光景が定着することになる。
アメリカの雑誌『ファー・イースタン・エコノミック・レビュー』の98年六月号に、日本の経済問題を話し合う各国蔵相代理会議の模様を伝える記事が載っていた。
円・ドル関係は、95年を境に円安・ドル高に転じ、98年の春からは円が1ドルが130円から150円を窺うまでに急落、為替相場への3年ぶりの協調介入が行われることになった。
この介入については、過度の円安が中国人民元の切り下げを招き、再度のアジア通貨の混乱から世界恐慌にも波及しかねない、といった大義名分が掲げられていたが、多くの日本国民が承知しているように、実態は、日本政府の要請に、日本・アジアの株安のウォール街への波及を恐れたアメリカが、日本の恒久減税など、さまざまな条件を付けて応じたという性格の会議であった。
特集記事でさっそくこの会議を報じた同誌の誌面はすこぶる刺激的で、太平洋戦争の終戦時、昭和天皇がマッカーサー将軍を訪問した折の、あの並立写真が掲げられている。
しかも記事には、日本は通貨危機に見舞われたアジア諸国と同じように、現在、経済的には占領状態に置かれており、サマーズこそはマッカーサー、これからはアメリカ財務省がGHQよろしく日本の銀行を監督する、といった状況が解説されていた。
クリントン政権の仮借のない円高攻勢から、3年も経ないうちに、日米間のマネー関係は急転回していた。
パイプの細っていたジャパン・マネーの対米流入は、ふたたび増勢に転じ、アメリカが、経常赤字を埋めたその余剰資金をもって海外投資をさかんに行う、あの80年代のパターンもまた顕著に再現されている。
ここにいたる経緯をひとまずふり返っておこう。
外為市場は、九五年に入ってなお続くクリントン政権の対決的な対日姿勢を眺めていた。
自動車部品の購入増を求めるアメリカ側に「数値目標は受け入れられない」と、これを拒否する日本の姿勢は変わらず、アメリカ通商代表部は「交渉期限」の六月未に向けて、5月には通商法301条に基づく制裁を予告した。
高級車の対米輸出に100%という禁止的関税を課すというもので、日本の自動車メーカーにとっては大打撃である。
「数量要求をのまなければ、為替で調整だ」という、クリントン政権を代弁するかのような在日外国人エコノミストの発言も見られた。
こうした状況のなかで円は急騰、年初には1ドル=100円程度だったものが、95年4月にはついに80円を割った。
競争力がもっとも強いトヨタやソニーでも採算点を割りかねず、他の一般日本企業には対応不可能な水準である。
アメリカは一ドルが50円を次の標的にしているといった風説も流れたが、しかし、当時のこうした評論は、ドルが対マルクでも下落して全面安の様相を示したことを無視したものであった。
そこで局面は急転換する。
95年4月のG7は「相場の変動を秩序ある形で反転させることが望ましい」ことを声明し、これを受けて各国は協調介入に入る。
8月には、榊原(大蔵省国際金融局長・当時)とサマーズ(米財務副長官)の日米連携プレーともいわれた再度の大規模な介入が行われ、9月には1ドルの値が回復、その後もドルはジリ高となり97年には120円を超えた。
この急転の背景には、幾つかの事情が介在していた。
一つには、アメリカが、対日通商要求を迫るカードとして、円高の限界を認識したということもあったであろう。
95年早々、じつはクリントン政権の内部で、通商強硬派から金融・市場重視派へのパワー・シフトが進んでいた。
この年の一月、金融市場に冷たいロイド・ベンツエン財務長官に代わって、ウォール街出身のロバート・ルービンがその椅子に着いた。
ルービン新長官の初仕事は、さすがウォール街出身だけあって'総額500億ドルというメキシコへの金融支援策のとりまとめであった。
82年から10余年を経て、メキシコでは94年の4月からふたたび波状的に資本逃避が起こり、ペソや証券市場が暴落を続けていた。

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